2008年02月09日

PTAの役員選出 田舎の場合

長男が小学生に上がり、はや3年。
4月からは、4年生となる。
ご多分に漏れず、PTAに参加するようになってきた。
昨夜、本部(?)役員選出の会議がありました。本部とは、学校と連携していろいろなPTA行事を企画運営しているところのようである。

失礼ながら、地区委員なるものになるまでは、全くPTAの組織構成など知らなかった。
PTA総会などあるときに漠然と聞いているだけであった。
1学年が、ほとんど1クラスという小さな学校では、いかにその「本部役員」に苦労があるかということを知った。というわけで、本部役員になる方を探し説得することが至難の業であることを確信した会議であった。日本のPTAは、発祥のアメリカとは違い自発的な組織ではなく、戦後半強制的にGHQの提案により導入されたようで、どうも義務や強制でボランティアをさえられているという感じが強いらしい。
かといって、いまさらPTAを解消し、自発てきな組織ができるかといえばそうでもない。
生活に追われそんな余裕がないのが実態である。

話は随分飛ぶが、明治の学制ができたころ、小学校は町が育てるものであったらしい。特に京都などは、明治五年の義務教育令がでる三年早く番組小学校が創建されたそうです。町衆が私財を投じ、小学校教育の環境を整えたそうである。当時、校長の任命権すらもっていたそうだ。

子供を通わせる親ですら、PTAの組織を知らないのである(おそらく私だけではないと思うが)。
教育現場にもっと関心をもち、いろんな人がコミットできる小学校であってほしいと思うのであった。

子供を運ぶと言われるコウノトリの街の一小学校の話である。

2008年02月04日

改造---山本実彦

小生にとって、改造という雑誌は、左翼系の評論雑誌だと思い込んでいた。
先日、ETVで続夫婦善哉の原稿が発見された話とともに改造の番組があった。

番組を見終わって、「言論の自由ができてからなぜ復活できなかったのか?」という疑問が聞こえてきそうであった。

番組中の高杉一郎氏のインタビューが聞けたのがよかった。氏は今年の1月9日に99歳で亡くなられている。

氏の間合いのあるインタビューは、「間合い」には加齢によるものではない熟考した「思い」が伝わってくるようであった。

戦後、すぐに言論は自由になったと思っているが、それは全くの幻想である。

その後も、言論は果たして自由であったのであろうか?

確かに、今は、厳然とした形で戦う相手が見えない。

2008年01月16日

みなさんチヂミをしってますか?

チヂミといっても、「縮み」ではありません。
韓国料理のチヂミです。
小生全く知りませんでした。
「えー知らんのぉ?」を家内に言われました。最近スーパーでは、お好み粉ならぬ「チヂミ粉」があるそうです。
詳しくは、wikipediaをご覧ください。
職場のスタッフにも同様のリアクションをされました。
Webで検索するとチヂミ情報はいっぱいありました。私は、以前東京に住んでいたので、「もんじゃ焼き」は食べたことがあるのですが、チヂミはお目にかかったことがありません。
ところが、件の職場のスタッフには、チヂミのたれまで冷蔵庫に常備しているとのことです。かなり食通のお家ではあるが、そこまで浸透しているのでしょうか?
それとも、単に小生が世間の食文化に無知なのか?

2008年01月11日

2008年あけましておめでとうございます。

あけましておめでとうございます。
ほぼ、1年お休みしておりました。諸般の事情というよりも、サイトの引越し先を探していたのですが、結局とりあえず、会社のサイトを借りました。
また、いずれ、blog.katsuhiko.bizに引っ越すつもりです。

昨年は、「偽り」の1年といわれましたが、今年はどんな時代になるのでしょうか?

昨年は、書籍にはなんでも、「品格」と付けられましたが、今年は、「見識」かなと思ったりします。

2007年01月04日

あけましておめでとうございます。アナログに近いデジタル

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。


私は、今コウノトリで有名になった兵庫の北部の田舎に住んでいる。
東京からこちらに引っ越して7年目に入る。

東京では先端を追い求めていたが、田舎に帰って家業の保険代理店業で飯を食うはずか、「餅は餅屋で」というわけで今では主な収入の半分がシステム関連になってしまった。

昨年の帰郷6年目にやっと気づいたのが「バージョンアップする度に機能が削減されるアプリ」を提供したいという境地である。
「アプリはシンプルに」こしたことはない。

その意味では、Web2.0ではないが(私の会社はほとんどWebマイナス2.0であるが)、Webサービスで使える機能をシンプルに寄せ集めてユーザ個別のアプリをカスタムメードするのが、良い方法なのかもしれません。

さらに、「究極に機能を絞り込むから」、「だから高いのです」と言い切れるマーケットを形成したいぐらいである。

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2006年12月19日

小説 あらしのよるに

私は映画を見ていないが、この本は結構感動した。



とにかく泣ける。

私が単純なのかも知れないが、泣ける小説である。



絵本は、絵本として書かれておりやや難しいがやはり子供向けである。



小説版は、恋愛小説のようである。



以前東京でサラリーマンをしていたころ、竹芝あたりで同僚たちと飲むと必ず、新人の社員に、「すべてを捨てて、ここから小笠原に行こう(逃げよう)と言わせるぐらいの魅力ある人になれよ」と絡んだものである。

私の中では、なぜか夜出発する小笠原行きは、「恋の逃避行」を思わせる船であった。険しい世界がまっていようと信じた人と暮らしたいと思うならなぜか小笠原である。



何の脈絡もないが、とにかく泣けるので、キュンとしたい方は一読あれ。


2006年11月25日

灰谷健次郎 逝く

灰谷健次郎がなくなった。

教育基本法改正、子供の自殺の連鎖。

こんなときに逝ってしました。

彼は、定時制高校から教員になり、そして作家になった人である。

ほんとうに子を教えた魂を持った人である。

なんとも残念である。



私は、読み聞かせのボランティアを月2回近所の小学校で行っている。

自殺のニュースを見聞きするたび、この子らに底知れない「闇」があるかもしれないと思うと悲しくなる。屈託のない瞳がまだまだ多い。

子達になんらかの形で、灰谷の気持ちを伝えたいものである。



「子達よ! とにかく生き続けてほしい」

「がんばらなくてもよい」

「兎にも角にも生き続けてほしい」

「ずるくても、良いのだ」

「卑怯でないかぎり」



「僕は君たちの将来を信じている」

「君たちは生き続ける価値があるのだ」


2006年11月17日

少年の自殺を利用していなか 教育基本法改正

少年・少女の自殺が続いている。

兎に角、死なないでほしい。



生きていると必ず楽しいことがあると信じようよ。オジサンが子供だったとき早く大人になって『自由』になりたいと思った。

それほど、大人が楽しそうな時代に、少年時代を過ごした。

そうです。高度成長期の真っ只中であった。



そして、15歳ころから不明な腹痛に悩まされた。難病に罹患していた

どこの病院にいってもはっきりした診断は下されなかった。今から思えば笑えるが、「自分は夭折(早死にする)」と思っていた。大人になるまでは、生きたいと思っていた。23歳のときに病名がわかった(詳しくは)。

すぐには死なないことはわかった。

いまでも、生きている。楽しいことが、しょっちゅうあるわけでもない。

しかし、結婚もした。3人の子供にも恵まれている。自分をさておき「心配ができる」存在が4人もいる。この幸せを味わえたのは、「生きていた」からである。



教育基本法を変えても、自殺は減らない。まして、今回の改変は、まったく逆行しているように思える。今の基本法でも情熱をもって教育に携わる先生はたくさんいる。



「社会と心が荒んでいるだから自殺する子供が増える、だから法律を」という空気を操作していないか?



自殺をする子供を利用していないか?



「愛国心をもてない」、「公」をもてない子供を責める(攻める)前に、まず自らが楽しく生きているか、己も含め反省したい。地方行政のトップが逮捕さる「公僕」に生きがいをもってトップに立っている人が少なくなったように思う。






















2006年09月29日

東京ローズ亡くなり、安倍晋三は首相に

東京ローズが死亡記事が載った。東京ローズとは、大東亜戦争(太平洋戦争)時に大日本帝国が流したプロパガンダ放送のアナウンサーだ。命名は、視聴者のアメリカ兵である。

歴史の教科書にでていた東京ローズがまだ、存命であったことすら知らなかった。



そして、戦後生まれの首相が誕生。何か危うい匂いがする。

安倍晋三は、長州である。松岡洋右も確か長州だったと思う。



「美しい日本」とは、座して和をなす国である。いすを蹴り飛ばして、退席するは、ある意味グローバリズム。和をもって尊し。座して、和をなし、我が邦の魅力に引き込む、外交力が安倍氏に少しでもあればと期待する。



一方、我が住まいは、座しても民に、壇上から立て板に水のスマートな弁舌で、コウノトリに舞い上がり、本当に市民のことを考えているかいかにも疑問な市長を冠しているのである。

雨がふると長靴が水没する通学路(もちろん車道)を通って通学しなけば、ならない子たちがいます。市に陳情すれば予算がない。コウノトリ放鳥で宣伝効果抜群なのかもしれないが、市内のこどもの安全も確保できない予算規模なら、何を「愛しているのかわからない」。

コウノトリの郷公園に行く時間があるなら、行動する首長よ。まず、雨の日の通学路を視察されたし。



国政をめざされていただろうころは、「大志」あったのかも知れないが、首長を墓場と考えられてからか、思考回廊は、かなり「動脈硬化」ありのような気がしてならない。

2006年09月22日

今日は、上郷くらしを守る会の松原氏に会う

植村直己の郷は、今危機にある。

コウノトリに舞い上がり、我を忘れた首長は、市内の一部にコウノトリを囲い込み、最後の営巣地である上郷に巨大なごみ焼却炉をつくろうとしている。